ニューヨーク・グローブ通信が語る「ハリソン・ハイタワー三世失踪」の全貌

どうも!

タワテラが怖すぎるフツメンです!

皆さん、東京ディズニーシーの人気アトラクション「タワー・オブ・テラー」に乗ったことがありますか?

おそらく多くの人が「はい!」と答えると思います。

しかし、「このアトラクションの “物語” を知っていますか?」と聞かれると、「はい!」と答える人は一気に減ってしまうはずです。

なんか呪いにかかって落ちるやつ~!

落ちる前の景色サイコ~!

これくらいのノリですよね!(笑)

ただ、物語を知れば知るほどアトラクションも楽しくなるのがディズニーです。

そこで、今回はニューヨーク・グローブ通信が語る「ハリソン・ハイタワー三世失踪」の全貌をお伝えしたいと思います。

この記事を読めば

・タワテラがもっと楽しくなる
・背景にある物語を知ることが出来る
・ハイタワー三世が失踪するまでの時系列が分かる

それではいきましょう!

目次

タワー・オブ・テラーとは

まずは大前提を押さえておきたいと思います。

タワー・オブ・テラーとは、東京ディズニーシーにあるフリーフォール型のアトラクションのことで、このホテルは元々、「ホテルハイタワー」という名前でした。

しかし、1899年に起きたオーナーの謎の失踪がきっかけで、「恐怖のホテル」、つまり「タワー・オブ・テラー」と呼ばれるようになったのです。

そのオーナーこそハリソン・ハイタワー三世!

そして、それから13年経った1912年のニューヨークがアトラクションの舞台です。

僕たちゲストは、このホテルを所有するニューヨーク市保存協会が開催する見学ツアーに参加するという設定でアトラクションに向かうのです。

タワー・オブ・テラーについて理解したところで、早速「ハリソン・ハイタワー三世失踪」の全貌に迫っていきましょう!

ハリソン・ハイタワー三世失踪の全貌

まずは、ハリソン・ハイタワー三世の謎の失踪に迫る上で、最も重要な写真をお見せします。

それがこちらの掲示板↓

タワテラの前にあるから見てみてね!

ご覧のように掲示板の上には、このように書かれています。

“TOWER OF TERROR”
“タワー・オブ・テラー”
LEGEND, MYTH & MYSTERY

伝説、神話、謎
N.Y.C. PRESERVATION SOCIETY
ニューヨーク市保存協会

つまり、ここにはニューヨーク市保存協会によって集められた当時の記事が掲示されているのです。

ということで、ここからは掲示されている記事をひとつひとつ見ていきたいと思います。

ホテルハイタワーのグランドオープン

まずは、こちらの記事をご覧ください↓

記事のタイトルから見て分かる通り、ホテルハイタワーのグランドオープンに関する内容となっています。

発行されたのは1892年1月25日(月)で、内容は以下の通りです。

【ハイタワーの傑作がついに公開】
1892年1月24日ニューヨーク市、ニューヨーク州マンハッタンにそびえ立つ壮麗なホテルハイタワーが、3年間の建設期間を経て、ついに一般公開されました。

「パークプレイスのドラゴン」ことハリソン・ハイタワー三世は、自分自身を象徴する「美、力、優雅、優秀」をテーマに、このホテルを構想したと言われています。

このホテルとそれを建てた男は、どちらも彼の傑作…

最後の文章は途中で途切れてしまっていますが、ハリソン・ハイタワー三世は “自分の象徴” をテーマにホテルハイタワーを建設したということが分かります。

ハイタワー三世らしいですね!

華やかな祝賀会が始まる

同記事、右側にもご注目ください↓

華やかな祝賀会が始まるという大きなタイトルと共に、その写真が掲載されています。

下の方には「昨夜、ニューヨーク社会のエリート層とその金融界が集まり、ホテルハイタワーのグランドオープンを祝いました。」とあり、当時のお金持ちたちがたくさん集まったことが分かります。

さらに、こちらにはもっと詳しく書かれています。

ちょっと細かいので概要をまとめると…

・招待客が専用バスでホテルに到着
・チャップリン市長や市議会を含む市の社会的エリートたち、ベンジャミン・ハリソン大統領も出席
・ハイタワー氏がホテル建設に関するユーモラスな逸話やホテル内の様々な遺物の収集に関する話を披露
・夜が明けた朝、群衆の中に潜入した凶悪者や乱暴者によって小さな暴動が起きた

どうやら祝賀会は各界の大物が出席し、大いに盛り上がったみたいですが、これを利用して悪さを企んだ者もいたようです。

ハリソン・ハイタワーがアフリカから帰国

こちらは、記事の発行日が1899年12月19日(火)となっているので、ホテルオープンから7年後であることが分かります。

そして、気になる記事のタイトルはハリソン・ハイタワーがアフリカから帰国

その下に書かれている内容は以下の通りです↓

ハリソン・ハイタワー三世のコンゴ川探検

出版社からのメッセージ:

ハリソン・ハイタワーの最近のスリリングな探検物語を楽しんでいただければ幸いです。

私たちは、ハリソン・ハイタワー三世本人がアフリカから直接送ってくれたこの物語を、ほんの数日前に速達で受け取りました。

ジャングルの鼓動がページから伝わってくるようです!

つまり、これはハイタワー三世本人からの報告を元に出版社が発行した最新の記事なのです。

さらに、最も注目してほしいのが一緒に掲載されているこちらの写真です↓

よく見ると、ハイタワー三世の手にはシリキ・ウトゥンドゥのようなものが写っています。

シリキ・ウトゥンドゥは元々、コンゴ川に住むムトゥンドゥ族に祀られていた偶像です。

これは想像ですが、おそらくこの写真の左側にはムトゥンドゥ族の長(おさ)が一緒に写っていて、友好の証に撮った一枚だったのではないでしょうか?

そして、この様子からすると、ハイタワー三世はムトゥンドゥ族からシリキ・ウトゥンドゥを譲り受けたように感じますが、実は強奪したと言われています。

もしかしたらこの写真を撮っている時から奪うタイミングを見計らっていたのかもしれません…

なんて奴だ!!

ニューヨーク・プレスにシリキ・ウトゥンドゥ像を贈呈

こちらは、ハリソン・ハイタワーがニューヨーク・プレスにシリキ・ウトゥンドゥ像を贈呈している写真です。

強奪したものをしれっと持ち帰り、我が物顔で贈呈している辺りが、そろそろ天罰が下りそうな予感がします…

当時、SNSがあったら即バレてたぞ!

最後の写真

こちらの写真には、葉巻を吸ってポーズを決めるハリソン・ハイタワー三世が写っていますが、下の文章を読むと「ハリソン・ハイタワーの最後の写真?」と書かれています。

ハイタワー三世本人もこれが最後の写真になるなんて思ってもみなかったことでしょう…

\ YouTubeもやってまーす /

ぜひご覧ください♪

ハリソン・ハイタワー三世の謎の失踪

1899年12月31日(日)、ハリソン・ハイタワー三世はシリキ・ウトゥンドゥの呪いのせいで、稲光と共に突然失踪してしまいました。

このシーンはアトラクションで見たことがありますよね?

そして、その翌日の1900年1月1日(月)に発行された記事がこちらです↓

タイトルは大きくハリソン・ハイタワーが「タワー・オブ・テラー」で失踪となっていて、その下には「ホテルハイタワーが閉鎖」と書かれています。

さらにその下の文章を読むと、ニューヨークの人々の動揺ぶりが伝わってきます。

昨夜、ホテルハイタワーで起きた衝撃的な事件にニューヨークの人々は今も動揺している。

楽しい祝賀会として始まったものが、多くのマンハッタンの住人にとって悲しみに終わった。

その一方で、何も知らない人々は、記念すべき世紀の変わり目を各々楽しんでいたようです。

午後11時59分、一日中、人々は高架鉄道や路面電車に乗って市内に流れ込み、通りの群衆に加わって、迫りくる世紀の変わり目を祝うのだった。

明暗がハッキリ分かれた年越しだったようです…

とんだ新年の幕開け

同記事の左側には、新年はビッグバンで始まると書かれており、その下には大きく「DISASTER(災害)」と書かれています。

他にも「ハリソン・ハイタワーに何が起こったのか?」「夜明けの光によって甚大な被害が明らかになった」などとあり、この謎の失踪で話題は持ちきりだったのでしょう。

世界中の新聞が謎の失踪について報じた

上の写真にも書いてあるように、これを受けて世界中の新聞がハリソン・ハイタワーの謎の失踪について報じました

各国の記事がこちらです↓

上の記事は、発行場所がミュウヘンになっていて、ドイツ語で以下のように書かれています。

Wo ist Herr Hightower?
ハイタワー氏はどこに?

HIGHTOWER VERSCHWINDET!
ハイタワーが消える!

下の記事は、発行場所がローマなので、イタリア語でこの失踪を報じています。

SCOMPARSA MYSTERIOUS!
謎の失踪!

DOVE E HIGHTOWER?
ハイタワーはどこに?

どちらも発行日が1900年1月1日なので、速報で世界中に伝えられたことが分かります。

しかし、最後に書かれている文章の謎は、まだ誰も分からないままなのです…

破壊されたエレベーターの中に…

ハイタワーのフェズ帽と謎の偶像シリキ・ウトゥンドゥ…

他には何もない…

これを知らずに見学ツアーに参加した僕たちゲストは、無事に帰って来られるのでしょうか?(笑)

まとめ

《 ハリソン・ハイタワー三世失踪の全貌 》
① 1892年1月24日、3年間の建設期間を経て「ホテルハイタワー」が一般公開
② ホテルは「美、力、優雅、優秀」などハイタワー三世本人を象徴したものがテーマ
③ オープンから7年後、ハイタワー三世はアフリカで「シリキ・ウトゥンドゥ」を強奪
④ 帰国後、ニューヨーク・プレスにシリキ・ウトゥンドゥ像を贈呈
⑤ 1899年12月31日、「ハリソン・ハイタワー三世」謎の失踪
⑥ 1900年1月1日、全世界が「ハリソン・ハイタワー三世」の失踪を報じる
⑦ エレベーターの中に残ったのは「ハイタワーのフェズ帽とシリキ・ウトゥンドゥ」だけ

今回は、ニューヨーク・グローブ通信が語る「ハリソン・ハイタワー三世失踪」の全貌をお伝えしました。

アトラクション自体は、物語を知らなくても十分楽しめますが、やはり知っていた方がもっと楽しめることは間違いありません。

今後、タワテラに乗る時は最後のアトラクション部分だけではなく、見学ツアーの部分もぜひ楽しんでみてください♪

きっと今までと見えるものが違ってくるはずです!

ということで、ホテルハイタワーへ行ってらっしゃい!

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